【ブランドストーリー第1話】農作物の花を、つまみ細工に。岐阜県関市「こびとの農園」の始まり

野菜や果物には、私たちの食卓に届く前の姿があります。畑や果樹園でひっそりと咲く、小さな花です。
岐阜県関市を拠点に活動する「こびとの農園」は、見過ごされがちな農作物の花を、日本の伝統工芸「つまみ細工」で表現するブランドです。
身近な農作物であっても、どのような花を咲かせるのかまで知っている人は、決して多くありません。私たちは、野菜や果物の実の陰で、ほとんど注目されることなく咲いている花に光を当て、一片の布からアクセサリーや作品へと仕立てています。
原点にあったのは、「自分たちにしかできないことは何だろう」という問いでした。
こびとの農園がどのように生まれ、何を大切にして歩んできたのかを、ここでお話ししたいと思います。
農作物の花に出会う前、「私が作る意味」が見えなかった

こびとの農園を立ち上げる前、代表の多治見優美は、バラなどの一般的な花をモチーフにしたつまみ細工を制作していました。色合いやテーマには多治見なりの感性を込めていましたが、「その作品を作るのが、なぜ自分でなければならないのか」を説明できない状況でした。
多くの作家がそれぞれに美しい作品を生み出している中で、多治見は「作家として埋もれている」と感じていました。
技術を磨くだけでは、ほかの作品との違いは伝わらない。色や形を変えるだけでは、自分たちが作る意味にはならない。
そこで考えたのが、「つまみ細工で、私たちにしかできないことをしたい」ということでした。
岐阜大学・社会経験で学んだ2人が探した「私たちにしかできないつまみ細工」

多治見と、企画・広報・マネジメントを担当する津川祐多は、岐阜大学応用生物科学部で出会い、ともに農学を学びました。大学卒業後、多治見はJAに勤務し、津川は岐阜県職員として働きました。それぞれ立場は異なっていても、2人に共通していたのは、農業を学び、農作物を身近に見てきた経験です。
その経験と、つまみ細工を結びつけられないか。
そう考えたときに浮かび上がってきたのが、「農作物の花」でした。
私たちは、その実や葉を日常の中でよく目にしています。一方で、それらが実る前に、どのような花を咲かせているのかは、あまり知られていません。
小さな花。下を向いて咲く花。実の鮮やかさからは想像できないほど、白く繊細な花。収穫される部分の陰で、ほとんど注目されないまま役目を終える花もあります。
2人にとっては、農学を学ぶ中で触れてきた身近な存在でした。それでも、つまみ細工の世界で農作物の花を表現している人は、ほとんど見当たりませんでした。

「私たちには普段から見えている。でも、まだ誰も表現していない」
多治見から農作物の花という発想を聞いた津川は、そこに、こびとの農園にしか作れない唯一無二の作品になる可能性を感じました。
作家として埋もれていると感じていた多治見が、自分にしか作れないものを見つけた瞬間でもありました。
作品を作る前に、2人の働き方を作らなければならなかった
今でこそ、多治見が作品制作を担い、津川が企画・広報・販売戦略を担うという役割が見えるようになりました。
しかし、立ち上げ当初から、2人がうまく仕事を進められたわけではありません。
- どのように仕事を頼めばよいのか。
- 作品への意見を、どのような言葉で伝えればよいのか。
- 作り手の感覚と、販売する側の視点を、どのようにすり合わせればよいのか。
2人とも、その方法を知りませんでした。
言葉が足りず、思いが正しく伝わらない。作品をより良くするための意見が、作品そのものを否定されたように聞こえてしまう。仕事の進め方も、伝え方も分からないまま、何度も喧嘩をしました。
多治見は作品を作ることができても、それを売ることが得意ではない。津川は戦略を立てることができても、作品を生み出すことはできない。正反対に見える二人だからこそ、最初は何度もぶつかりました。
それでも、どちらか1人だけでは、こびとの農園は生まれませんでした。
最初の作品は、ラディッシュの花のブローチ

こびとの農園を立ち上げたのは、春の陽気を感じ始める3月23日。
最初の題材として選んだのは、春野菜のラディッシュでした。
ラディッシュと聞けば、鮮やかな赤色と丸い形を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、ラディッシュがどのような花を咲かせるのかまで知っている人は、決して多くありません。
私たちが最初に制作したのは、そのラディッシュの花をモチーフにしたつまみ細工のブローチです。
この作品は、今もこびとの農園の原点として、ホームページのトップページに掲げています。
つまみ細工は、小さな布を折り、つまみ、花びらなどの形を作り上げていく日本の伝統工芸です。こびとの農園では、その布を既製の色から選ぶのではなく、白いコットン生地から一枚ずつ手彩色しています。
自然の中にある花は、同じ種類であっても、一輪一輪、色の濃淡やにじみ方が違います。花びらの中心と先端でも色が異なり、光の当たり方や咲く時期によっても表情が変わります。あらかじめ色の決められた布を組み合わせるだけでは、その微妙な違いを表現し切れない。
現在まで続く、こびとの農園の制作方法も、最初の作品とともに始まりました。
初めて届いた「お茶のブローチ」

最初に制作したのは、ラディッシュのブローチでした。そして、初めて購入されたのは、お茶のブローチでした。
農作物の花という、まだ誰にも知られていないような題材を選んだ作品に、お金を払って手に取ってくれる人がいた。
それは単に作品が一つ売れたというだけではありませんでした。「農作物の花を作品にする」という、自分たちが見つけた小さな可能性が、二人の外側にいる誰かへ初めて届いた出来事でした。
一方で、活動を始めた頃、周囲から聞こえてきたのは、期待の言葉ばかりではありませんでした。
- 「ニッチすぎて売れない」
- 「良い活動だけれど、お金にはならない」
農作物の花とつまみ細工を組み合わせる。確かに、分かりやすい売れ筋の商品ではありません。その言葉が、現実を見ていないわけではないことも分かっていました。
だからといって、売れやすい題材だけを追いかけてしまえば、再び「なぜ自分たちが作るのか」を見失ってしまいます。
私たちが大切にしたのは、自分たち自身が楽しいと思えること。そして、心を惹かれる農作物や花を作品にすることでした。誰かの目に留まるためだけに作るのではなく、まず自分たちが心を動かされたものを、丁寧に形にします。
その姿勢は、最初の花から現在まで変わっていません。
「こびとの農園」というブランド名に込めた思い

「こびとの農園」という名前には、2つの思いを込めています。
- 農や食への関心を、目立たない場所からそっと支える、こびとのような存在でありたい
- 農園のように、さまざまな農作物の作品を育てていきたい
農業体験や料理教室とは異なる、つまみ細工という入口から農や食へつなげていく。
最初は、作品を見て「きれい」「かわいい」と感じるだけでもよいと思っています。そこから、「これは何の花だろう」「この花から、どんな実ができるのだろう」と、今まで注目してこなかったところへ目を向けてもらう。
知ることで好きになることもあれば、好きになったから、もっと知りたくなることもあります。
その小さなきっかけを作ることが、こびとの農園の役割です。
私たちがするべきこと「農作物の花を通して、農と人との距離をそっと近づける」

「農作物の花を通して、農と人との距離をそっと近づける」
これが、こびとの農園を立ち上げた頃から現在まで、変わらず持ち続けている思いです。それは、最初から大きな使命が見えていたということではありません。
農学を学んだ経験。農業や地域に関わる仕事をしてきた経験。それぞれの経験を持ち寄ったとき、2人だからできることが、農作物の花という形で見えてきました。
農作物の花をつまみ細工で表現することは、農業そのものを伝えることではないかもしれません。それでも、農や食に関心を持つための、小さな入口をつくることはできます。
私たちが大切にしている「そっと」という言葉には、そんな距離感を込めています。大きな声で振り向かせるのではなく、暮らしの中に小さなきっかけを置いておく。身につけたアクセサリーや、部屋に飾った作品を眺めたとき、そこに表現された花と、その先にある農作物を思い出してもらう。
次にトマトを手に取ったとき、その黄色い花を思い浮かべるかもしれない。梨を食べたとき、実になる前に咲いていた白い花へ思いを巡らせるかもしれない。
そのわずかな変化が、農をこれまでより少し身近なものにしてくれると、私たちは信じています。
農と人との距離を一度に大きく縮めることはできなくても、つまみ細工の小さな花を一輪ずつ手渡すように、その間へ小さな橋を架けていくことはできる。
目立つことなく、けれど確かに、農や食への関心を支える存在でありたい。
それが、「こびとの農園」という名前に込めた思いであり、私たちが農作物の花を作り続ける理由です。
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